看護師長石本 佳美
患者さんの背景や価値観まで広く汲み取り、柔軟な看護を実践したい
もしこの患者さんが自分だったら、あるいは自分の家族だったら――。看護師長の石本佳美さんは、いつも自分にこう問いかけながら看護に臨んでいるといいます。この看護観を軸に、どんな思いで看護に携わっているのか、そして看護という仕事の魅力ややりがいはどこにあるのかをお聞きしました。
医療職として患者さんの力になりたい。
幼いころ、私のことをかわいがってくれた親戚の男性が亡くなって、その臨終の場を目の当たりにしたのをよく覚えています。そのとき、いつか私も医療の道に進めば病気になった人の命を助けるサポートができるのではないか、何か力になることがあるのではないか、そう感じたのがきっかけで医療の仕事に興味を持つようになりました。さまざまな医療の職種の中で看護師を選んだのは、人と関わることが好きだったからです。医師のように病気そのものを治すことよりも、患者さんに寄り添って力づけるような関わりがけをしたくて看護師を志望しました。
卒業後の3年間は横浜市の大学病院で循環器病棟の経験を積みましたが、もともと小松出身なので住み慣れた地元に戻って来ました。当院の看護師になってから、早いもので28年になります。
当院でのキャリアは集中治療室からスタートしました。集中治療室は生命の危機に関わる場ですから、勉強することが膨大にあって最初は大変でしたね。でも、そのぶんやりがいも大きいと感じました。その後は脳神経外科系の病棟や外来を経て、現在は救急看護に従事しています。
患者さんやご家族の心情を汲み取り、
少しでも不安を軽減したい
救急では、他の診療科以上にご家族が動揺されています。命は助かるのか、命を取り留めた後はどうなるのか、皆さんそんな不安で一杯です。この地域ではご高齢の患者さんや年老いたご夫婦が支え合いながら暮らす老老介護のご家庭も多く、皆さんパニックで状況をよく把握できなかったり、お聞きするべきことをうまく聞き出せなかったりします。小さいお子さんが救急搬送されたときも同様で、親御さんは強い不安を抱いています。ご家族が動揺すると患者さんも心配になるので、ご家族に対してはまず落ち着いていただくことが大切です。
そんなとき、皆さんの心のよりどころになるのが看護師の存在だと思っています。救急のスタッフが患者さんへの対応に専念している中、ご家族に配慮するのは看護師、特に師長の役割です。例えば場所を変えたりして環境を整え、ゆっくりお話を伺うように気を配っています。周りの状況に流されず、冷静かつ温かく接するコミュニケーション力はもっと磨いていきたいですね。
やりがいを感じるのは、
「あのときはありがとう」の一言
救急では生死をさまよう状態の患者さんが多く、今日明日中に亡くなる可能性があるような方も少なくありません。私は救急の看護師長になって 5年目になりますが、以前、くも膜下出血で運ばれた患者さんのご家族がショックで泣いていらした場面に立ち会ったことがあります。その患者さんは入院して治療を受けるうちにみるみる元気になり、リハビリ生活を経て無事に退院されました。するとある日、外来受診日にご家族にばったりお会いして、「あのときの看護師さんですよね、ありがとうございました」と声をかけていただいたんです。あの患者さんがしっかり歩いて、しゃべれるようになったんだと思うと、本当に感慨深いものがありましたね。私たちが手を尽くした甲斐あって回復された姿を見ると、「自分たちのしてきたことは間違いじゃなかったんだ」としみじみ喜びを感じます。
病院に運ばれたときの最初の窓口ということもあって、皆さん救急スタッフのことは特によく覚えているのかもしれません。それだけ印象に残るわけですから、私たちの関わり方次第で病院のイメージも違ってくることを痛感しています。
患者さんの受け入れが難しいときも、
「どうすれば受けられるか」を一番に考える
当院では「断らない救急」を目指しており、病院長以下、スタッフ一丸となって患者さんを受け入れています。とはいえ、さすがにコロナ禍は困難を極めました。感染症指定病院ですので電話は鳴りっぱなしで、救急車が立て続けに到着し、スタッフは身も心も疲れ切ってしまうような状況だったんです。戦場さながらの状況の中、全員必死に治療にあたりました。
しかし、人のやることにはどうしても限界があり、救急車を受け入れられない場面も出てきます。そんなとき私たちが心がけているのは、「受け入れられない」という言葉をすぐに口に出さないこと。どうすれば当院でその患者さんの対応ができるのか、 医師も交えて皆で相談しながら解決策を出すようにしています。
こんなふうに毎日忙しくしていますが、リフレッシュする時間も確保しています。コロナ禍で多忙だったころ、「私の心の支えは何だろう?」と改めて考えてしまって、それ以来、疲れたときほど息抜きの時間を作るようになりました。ちなみに私はK-POPが好きなので、どんなに疲れて帰った日も、ドラマや音楽で癒されます。推しのK-POPアイドルを応援するのが良い息抜きになっているようです(笑)。
「もし私がこの患者さんだったら」と自分に問いかけ、看護の方向性を見定める
当院では新卒看護師が入職したら実地指導者がつき、段階的に指導していく仕組みがあります。仕事を始めて数カ月経つと、誰でも壁にぶつかって少し気持ちが落ち込んで離職者が出やすい時期がありますが、当院ではその時期にサポートする体制がしっかりしています。だから新卒看護師の離職率0%が実現していると推察します。実地指導者だけが指導を任されて負担にならないように、部署全体、病院全体で人を育てようという「共有=ともに育む」風土があるのも心強いところです。
現在、私は看護師長という立場にあります。看護部長、看護副部長に続く役職で、主に病棟や外来の新任師長や経験の浅い師長を中心に、適切なアドバイスができるようにこまめに目を配っています。その中で私がよく話しているのが、「もし自分が、あるいは自分の家族が受診したときにどうしてほしいか」を考え、自分がしてほしいと思うことを患者さんにしてあげてほしい、ということです。「もし私だったら?」と立場を置き換えて考え、適切に行動できる看護師でありたい。これは私の看護観と言ってもいいのかもしれません。簡単なようで実はかなり難しいことですが、強い信念を持って看護する人材に育ってほしくて、スタッフにもそう伝えています。
次世代の看護師を育てつつ、自身も研鑽を続けたい
看護師には子育て世代の人も多い(18才未満の子供をもつ看護師が50%、子供がいる看護師80%)のですが、当院では育児へのサポート体制が整っています。夜間保育所のほか、病児保育もあり、子どもが熱を出したときも安心して仕事を続けやすいのではないかと思います。男性看護職も20名ほど在籍していますが、育児休暇を取る男性もいて、育児に対して協力的な雰囲気のある病院です。
資格取得への手厚いサポートがあるのもありがたいことです。院内には認定看護師が約20名いますが、その数は年々増えています。認定看護師の活躍の場は、院内だけでなく地域にも広がっています。例えば、地域の公民館などに出向いて、さまざまなテーマで出前講座をする機会もあります。医師の手順書に沿って特定の医療行為を行うことができる、特定看護師についても、資格取得への積極的なサポートがあります。
当院は当急性期病院であるため、患者さんの急変時は院内全体でいち早く対応し、救命処置を行うことが求められます。その一環として毎年実施しているのが、「こまつICLS」という、医療従事者のための2次救命処置の研修です。この研修は始まってから10年ほど経ち、多くのスタッフが資格を取得してきました。今後もこのスキルを持つ人が多く育ってくれるとうれしいですね。
私自身も、やりたいことが色々あります。その1つが、「入院時重症患者対応メディエーター」を取得することです。重症の患者さんやご家族との橋渡し役となるスキルを要する資格なので、救急看護に従事する者として、この分野はもっと深めていきたいと考えています。
救急隊との連携を強化し、些細な情報も拾い上げて
治療に役立てる
救急の現場では、救急隊との連携が非常に重要です。私たちは救急隊が持っている病院到着前の情報をうまく吸い上げ、患者さんの治療や予後につなげなければなりません。
そのため、救急隊から引き継ぐ情報は、何気ない、ほんの些細なことであっても大事にしています。情報を一方的に受け取るだけではなく、「○○はどうでしたか」「ご家族はどんな状況ですか」などと私たちからも質問して、周辺情報も聞き出します。
救急隊との連携を強化するためには、日ごろからお互い何でも言い合える雰囲気をつくることが欠かせません。そこで役立っているのが、2カ月に1回程度のペースで開いている症例検討会です。救急に運ばれた実際の患者さんへの対応を振り返って、救急隊からは「こんなふうにしてくれたら搬送しやすい」といった病院への要望を出してもらい、私たちからも色々提案しながら、より良い受け入れを目指しています。
患者さんの体だけでなく、退院後の生活まで
視野に入れて関わっていく
私たちは院内の横のつながりも大切にしています。救急で受け入れた患者さんが身元不明でどこにどう連絡すればいいのか分からないこともありますが、そんなときはソーシャルワーカーと一緒に関わります。独居の患者さんの場合は、退院できる状況になっても単純に帰っていただくわけにはいかず、地域に戻って暮らしていけるかどうかも考えねばなりません。何か問題があればソーシャルワーカーや地域医療支援室につなげ、地域の高齢者相談支援センターやケアマネジャー、民生委員などによる、地域でのサポートが円滑に進むように配慮しています。
こうして考えてみると、私たち看護師は患者さんの体だけを見ているわけではない、とつくづく感じます。これからも患者さんの背景や価値観まで広く視野に入れて、柔軟に対応する看護を実践していきたいですね。